SoDRé(ソドレー♪)を取材していただきました!

(取材主:学習塾の教室長からフリーランスへ YUI様)

やりたいことが分からない社会人へ|仕事の違和感とSoDRé(ソドレー♪)が提案する「対話的内省」という選択肢

今の仕事が、本当に自分のやりたいことなのか分からない。大きな不満があるわけではないけれど、どこかしっくりこない。


そんなモヤモヤを抱えながら働いている社会人は、決して少なくありません。

「このまま今の仕事を続けていていいのだろうか」
「自分らしく生きたいと思うけど、自分らしさがよく分からない」
「納得した人生を歩みたい。けど実際どう生きたらいいの?」

仕事や人間関係、子育て。
私たちは多くの物事に向き合って生きていますが、ふと自分の生き方についてモヤモヤした違和感を感じることはないでしょうか。

これまで求められる役割や「正解」に一生懸命応えてきたけど、 その結果、気付かないうちに自分の本音や気持ちが分からなくなっていた

こうした違和感やご不安は、決して悪いものではありません。むしろ背景には「もっと自分の人生を生きたい✨」という願いが隠れているように思います。

では、自分らしい生き方を選択をしていくためには何が必要なのでしょう。

そのヒントとなるのが、近年注目されつつある「内省」であり、今回取材をさせて頂いた「対話的内省」というアプローチです。

本記事では、対話を通じて内省を深める取り組みを行っているSoDRé(ソドレー♪)様のご活動や想いをご紹介しながら、なぜ今、多くの大人が自分を見失いやすくなっているのか、そして「自分らしい人生を歩みたい」と願う大人にとっての新しい選択肢について考えていきます。

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SoDRé(ソドレー♪)とは

今回取材したのは、対話を通じて内省を深める取り組みを行っているSoDRé(ソドレー♪)様です。SoDRé(ソドレー♪)では、答えを教えるスクールや自己啓発の場ではなく、人と人との対話を通じて、自分自身の心や価値観に気づいていく「対話的内省」というアプローチを大切にしています。


自分を見失う社会人が増えている理由

「自分が何がしたいのか、やりたいことが分からない」

そう感じる社会人は、30代・40代を中心に年々増えていると言われています。

今の仕事が嫌いなわけではない。生活も大きく困ってはいない。

それでも何かが違う違和感があって、ふとした瞬間に「このまま続けていていいのだろうか」「本当は、別の生き方があるのではないか」という違和感が残る…そんな感覚です。

このモヤモヤの正体は、能力不足や努力不足ではありません。

私たち大人は長い時間をかけて「求められる正解に応えること」を優先する環境で生きてきました。

学校でも、職場でも、家庭でも、集団の中で正解とされる言動や、ルールを守り良い評価を得るために“どう振る舞うか”を重視される中で、

自分が何を感じ、何を考え、何を大切にしたいのかを振り返る機会は、自分で意識して時間や機会を確保しない限りはとても少ないです。

多忙な日々の中で、「自分は何を感じているのか」「本当はどう生きたいのか」をゆっくり見つめ直す時間を持てている人は、どれくらいいるでしょうか。

あなたはどれくらい時間を取れていますか?

SoDRé(ソドレー♪)設立への想い

SoDRé(ソドレー♪)代表の田島さんもまた、学校教員として働く日々の中で、かつては多くの人と同じように正しく振る舞うことや期待に応える日々を過ごしていた一人でした。

しかし「受験」を根底に置く日本の学力至上主義教育への疑問から、自分の内側にある違和感に向き合う過程で、一人で考えるだけでは見えてこない自分がいることに気付いたと言います。

「自分の人生を生きたいように生きる方法なんて誰からもちゃんと教わったことがない」

学校では教わっていないし、自らが教員として生徒に関わっていても、教えるのは教科の知識や集団行動における望ましい行動の在り方。

生徒の言動に対して「どうしてそう思うの?」「なぜそれが良いと思ったの?」と問うことは少なかったそうです。

さらに田島さんの疑問を深めたのは、世界の教育では生徒への接し方が全く異なるということでした。日本の社会では正しく振る舞うこと、期待に応えることを優先しすぎて、自分が欲するものを見落としやすい。

自分自身の価値観や人生の選択を深く理解する思考のプロセスが必要だと考えた田島さんが行きついたのが「内省」だと言います。

「自分らしい人生を納得して歩む道を探す場が欲しかった」

田島さん自身が人生で感じた問いや違和感、そして自分の人生を生きたいという思いをもとに始まったのがSoDRé(ソドレー♪)です。

一人で考えるだけでは変われない?内省の限界と可能性

そもそも「内省」とは?

内省とは「自分の心の動きや考えを、立ち止まって見つめ直すこと」です。

例えば、
なぜあの人の一言が引っかかったのか。
なぜ同じ場面で、いつもモヤモヤしてしまうのか。
その背景にどんな価値観があるのか。

日記を書くことや、頭の中を整理することも内省の一つです。多くの人が無意識のうちに、一度は内省を試みたことがあります。

日記や自己分析でモヤモヤが残る理由

多くの人が、モヤモヤを感じた時にまず試すのが日記やノートに気持ちを書き出したり、自己分析をしたりすることではないでしょうか。

実際、これらはとても大切なアクションです。頭の中にあるものを言葉にするだけでも、気持ちを落ち着ける効果があります。

ただし、こんな感覚はありませんか?

・書いた直後はスッキリするけど、また同じことで悩んでしまう
・「分かった気」はするのに、行動や選択は変わらない
・そもそも何を書けばいいのか分からなくなる


真剣に自分と向き合っているのに、なぜモヤモヤは完全には消えないのでしょうか。

理由のひとつは、私たちは無意識のうちに「自分の見たい自分」だけを見てしまうからです。

自分一人で考えていると、 過去の経験や思い込み、これまで身につけてきた価値観の枠の中でしか物事を捉えることができません。

「きっと自分が悪いんだ」
「こうあるべきだから、我慢するしかない」

そういった主観的な判断を自分に下すことで、物事の解決や自己理解から遠ざかってしまうことがあります。

対話が加わることで、内省はどう変わるのか

対話的内省では他者と関わる中で、自分では当たり前だと思っていた価値観や考え方が、他者視点で別の角度から言葉にされます。

「今の話、あなたらしいですね」
「それって、もしかすると大切にしている価値観かもしれませんね」

こうした一言によって、 自分の中では当たり前すぎて見過ごしていた思考の枠や感情が、新たな自分像として浮かび上がることがあります。

一人で考える内省が「点」だとしたら、対話が加わった内省は、自分を多角的に照らす「立体的な理解」へと変わっていく。

この変化こそが、SoDRé(ソドレー♪)の「対話的内省」の本質です。

SoDRé(ソドレー♪)が大切にしている「安心して話せる場」の設計

内省や自己理解に興味はあっても、「自分のことを人に話すのは少し怖い」そう感じる人は多いのではないでしょうか。そこで筆者の私が対話的内省を体験させてもらいました♪

《 SoDRé(ソドレー♪)の安心ポイント 》
①自宅から参加できる
SoDRé(ソドレー♪)の講座はオンライン開催になります。申し込みをすると参加するためのURLが送られてきますので、当日になったらURLをクリックして入室するだけ。過ごし慣れた自宅や好きな場所から参加できるのは安心感がありました。

②ルール設定による対話の安心
対話を始める前に「対話のルール」の説明を受けます。どれも簡単に理解できる内容で、主義主張のぶつけ合いではなく理解し合うための環境をスタッフさんと参加者全員で作ろうとする意図が感じられ、発言をするハードルがかなり下がりました。

③無理に話そうとしなくて大丈夫
はじめは質問に対して何を話したらいいか分かりませんでしたし、自分から発言するのも気が引けましたが、そんな時にはスタッフさんが回答例を出してくれて話しにくさを和らげてくれました。

ネガティブな感情に対しても、その気持ちを感じていることに良い・悪いといった判断をされることがなく言語化することに価値を置いている場であることが普段の仕事や社会生活にはない新鮮さを感じました。

SoDRé(ソドレー♪)が対話的内省において何よりも大切にしているのが、「安心して話せる場」を丁寧に設計することだそうです。

一人一人が安心して自己開示ができるよう、対話のルールや関わり方そのものに工夫が施されています。

普段の会話では結論や正しい答えを求められがちですが、SoDRé(ソドレー♪)の場では上手く話そう・正しいことを言おうとしなくて良く、「私はこう思う・なぜなら」の部分を言葉を探しながら話す時間そのものが大切にされていました。

内省をしたことがない方や、話すのが苦手な方でも安心してご参加頂ける場だと筆者は感じます。

「モヤモヤの正体」はどこにある?違和感を放置するリスク

ここからはSoDRé(ソドレー♪)様の取材を終えての筆者の所感をまとめます。

今回の取材で強く感じたのは、私たちは普段の実生活で自分の気持ちや自己理解に目を向ける機会が圧倒的に少ないということです。

対話的内省を体験させて頂き、普段の社会生活とは頭の使い方が違うなという気付きがありました。

普段は問題の解決やいかに効率的に物事をこなしていくかということばかりに目が向いていて

「自分は本当はどう感じているのか?それはなぜなのか?」という本音や自己理解の部分は直視する機会がない、と言うよりも、社会生活に感情を持ち込まないために見ないようにしているように感じます。

「仕事に感情を持ち込むな」とか「感情的になっちゃだめだよー」ってよく聞きますよね(^^;

社会生活を上手くこなしていくために、知らず知らずのうちに自分の感情や本音は見て見ぬふりをするようになっていたのかもしれません。

ふとした時に感じる仕事やキャリア、生き方に関する「違和感」や「モヤモヤ」は置き去りにされている自分からのメッセージやSOSなのではないでしょうか。

取材前後での内省に対する印象の変化

正直に言うと、取材をする前の私の中での「対話的内省」のイメージは少し身構えるものでした。

完全に仕事脳で生きているので、 自分のことを深く話す場は勇気が必要であり、 上手く言葉にできなかったらどうしようとか、 他人に本音を見せてしまって大丈夫だろうかといった不安が先にありました。

また心理カウンセリングなどで自分の悩みを打ち明けたら、必要以上に率直な指摘やアドバイスを受けて落ち込んだ経験もあります。

しかしSoDRé(ソドレー♪)様の対話や考え方に触れてみて、その印象は大きく変わりました。

お互いを理解しようとすることを前提にした穏やかな空気感のもと、質問に答えながら話をしているうちに「本当はこんなふうに感じていたんだ」「自分ではこう思っていたけど、別の捉え方もあったんだ」と、パズルのピースが1つずつ見つかるような感覚がありました。

誰かに導かれたりアドバイスをされるわけではなく、会話を通して自分自身で自分を理解していくプロセスがとても新鮮で心地良かったです。

「対話」の重要性

これまで私は様々な学びの場を見てきましたが、「内省」に特化した場って実はそれほど多くありません。


 
スクールの場合はコーチングや授業といった形で何らかの目的達成や課題解決を前提とした関わりが中心になりますし、キャリア相談や自己分析講座では次の仕事に向かうためのスキルや経歴、強み・弱みの棚卸しがメインになります。

どれも価値あるものですが、 「自分が分からない」「どう生きたいのか言葉にできない」 そんな状態にある人にとっては、ゴールを設定すること自体がすでに難しい場合もあります。

また一人で行う内省では、どうしても主観が入ってしまうのは筆者の私も経験があります。

いつもの癖で内省のつもりが目の前の問題を解決することに頭を使っていたり、気が散って気付いたら晩御飯に何を食べるか・週末にどこに行くか考えていたり、考えても考えても糸口が見えなくて何が分からないかが分からない迷子になることも…。


対話的内省では、自分を知ることそのものにじっくりと向き合う時間を作ることができ、一人ではできない内省の深みや化学変化が生まれる。

それが筆者が考える対話的内省の価値です。

自分の人生、生きたいように生きませんか。

田島さんの情熱のこもった言葉が印象的です。

この言葉が響く方や内省にご興味がある方、得体のしれないモヤモヤや違和感をお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひSoDRé(ソドレー♪)様の無料体験会に足を運んでみてください。

何かを変えなければいけないから参加するというよりも、 「自分をもう少し知ってみたい」 そんな気軽さで 選んでもらえたらいい場所だと感じます。

こんな方におすすめです
🔸自分の人生や生き方について、言葉にできないモヤモヤを抱えている
🔸今の仕事や人間関係に違和感があり、このままでいいのか悩んでいる
🔸一人で考え続けることに少し疲れてしまった
🔸正解を探すのではなく、「納得できる選択」をしたいと感じている
🔸学校教育や社会の在り方に疑問があり、考える力を育てるアプローチに関心がある

納得できる人生は、
誰かから与えられるものではなく、自分の内側から少しずつ形作られていくもの。 

この体験会が一つのきっかけになるかもしれません。

ご興味がある方はSoDRé(ソドレー♪)様の公式LINEよりお問合せくださいませ。

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